9 家族性高血圧
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 Yale大学のLifton,Utah大学のLalouelらの遺伝子解析から,遺伝性・家族性の高血圧症は,腎尿細管におけるNa トランスポーターに関連するタンパクをコードする遺
伝子の異常によってもたらされることが示唆されている214).なかでも,遠位尿細管に発現しているアミロライド感受性上皮性ナトリウムチャンネルを介するNaの再吸収異
常は,代表的な遺伝性・家族性高血圧症であるLiddle症候群,Apparent Mineralcorticoid Excess (AME),グルココルチコイド奏効性アルドステロン症(GRA)の病態
を理解する上で,鍵となる.アミロライド感受性上皮性ナトリウムチャンネルは,代表的な二次性高血圧である原発性アルドステロン症,クッシング症候群において自律的
に分泌されるアルドステロン,糖質コルチコイドの遠位尿細管~集合管での標的分子としても重要である.

① Liddle 症候群

 Liddle症候群は,1963年にLiddleによって報告された,遺伝性高血圧症である.高血圧,低カリウム血症,代謝性アルカローシスを呈し,常染色体優性遺伝の形式を
とる.原発性アルドステロン症に近似しているが,血清アルドステロン値は抑制されている.アルドステロン拮抗剤であるスピロノラクトンは無効であるが,トリアムテレン
が有効であることから,アミロライド感受性上皮性ナトリウムチャンネル自身の異常であると考えられていた.1995年にはLiftonらのグループにより,アミロライド感受性上
皮性ナトリウムチャンネルのβ,γサブユニットのC端の共通部分(PYモチーフ)に変異があることが報告された215),216).PYモチーフは.アミロライド感受性上皮性ナトリウ
ムチャンネルの細胞内への取り込みに重要な,ユビキチン化酵素であるNedd4Lが結合する部位である.この変異の結果,Nedd4Lとの結合が阻害され,アミロライド感
受性上皮性ナトリウムチャンネルの細胞表面での発現が亢進しNa 再吸収量が増加することが発症のメカニズムであると考えられている217)

② Apparent Mineralcorticoid Excess(AME)

 Apparent Mineralcorticoid Excess(AME)は,常染色体劣性遺伝をとり,高血圧,低カリウム血症,低レニン,代謝性アルカローシスを呈し,スピロノラクトンが有効
でありながら,mineralcorticoidの過剰を認めない症例を総称している.Mineralcorticoid受容体は,コルチゾール(糖質コルチコイド)とアルドステロン(鉱質コルチコイド)
との親和性には差がない.しかし,アルドステロンの主作用部である皮質部集合管では,11β hydoroxysteroid dehydrogenase(typeⅡ)がコルチゾールをコルチゾンに
変化させて不活性化することで,アルドステロン優位の反応性が保たれる.本症では,11β hydoroxysteroid dehydrogenase(typeⅡ)活性の低下があり,コルチゾール
の不活性化が障害されており,高血圧を呈するとされている.1995年Muneらによって,11β hydoroxysteroid dehydrogenase(typeⅡ)遺伝子(HSD11B2)の異常が報
告された218)

③グルココルチコイド奏効性アルドステロン症(GRA)

 グルココルチコイド奏効性アルドステロン症(GRA)は,1966年Sutherlandにより最初に報告された219),220).常染色体優性遺伝をとり,低レニン性高アルドステロン
症,高血圧,低カリウム血症を呈するが,糖質コルチコイドの投与により,病態が正常化,改善するのが特徴である.本症は,1992年Lifton,Lalouelらにより遺伝学的な
メカニズムが明らかにされた221).第8染色体(8q22)上のP45011 β(副腎皮質束状層にあり,11デオキシコルチゾール(S)をコルチゾール(F)に変換する)遺伝子
(CYP11B1)とP450ald( 副腎皮質球状層にあり,デオキシコルチコステロン(DOC)をコルチコステロン(B)に変換し,アルドステロンを合成する)遺伝子(CYP11B2)
は,アミノ酸の相同性が93%と高く,また第8染色体上に近接して存在するため,不均等交差(unequal crossing over) を起こすことによって,CYP11B2のプロモーター
領域にCYP11B1のプロモーター領域をもったキメラ遺伝子が生ずる.その結果,ACTH依存性を獲得したアルドステロン合成酵素が副腎皮質束状層で発現し,アルドス
テロンおよび18ヒドロキシコルチゾール(18OH-F)や18オキシコルチゾール(18oxoF)が異常に産生され,特徴的な高血圧症を呈すると考えられている.

④Ⅱ型偽性低アルドステロン症(pseudohypoaldosteronism typeⅡ:Gordon症候群)

 PHA type Ⅱは,遺伝学的には常染色体優性遺伝をとると考えられており,第17番染色体上(17q21:PHA2B)のWNK4と第12番染色体上(12p:PHA2C)のWNK1
が原因遺伝子と考えられている222).PHA2Aといわれるタイプでは,原因遺伝子座位が第1染色体上(1q)にマップされているが,遺伝子はまだ同定されていない223)
高カリウム血症を呈する高血圧症で,腎糸球体濾過量は正常を保っている.また,サイアザイド系利尿剤により病態が正常化する.その他,軽度の高クロライド血症,
代謝性アシドーシス,低レニン血症を呈する.

⑤妊娠期に悪化する高血圧症

 特殊な遺伝性・家族性高血圧症としては,妊娠期に高血圧が悪化する遺伝性高血圧症が知られている.本症は,mineralcorticoid受容体の遺伝子変異によって,同
受容体がprogesteroneに親和性を持つ結果,妊娠期に増悪すると考えられている224)

⑥ミトコンドリア遺伝子異常による高血圧症

 Wilsonらは血中マグネシウム異常を呈する家系が,高血圧症,高脂血症を伴い,母系遺伝の形式をとることを見出した.本家系においては,ミトコンドリアtRNA
(Ile)の4,291番目のthymidineがcytidineへ変異を呈していた.変異はすべてhomoplasmyであった.Wilsonらは,ミトコンドリア遺伝子異常が,加齢に伴って,血圧
上昇,高脂血症等の代謝異常を引き起こす可能性を指摘している225)

⑦アルドステロン産生副腎腺種(APA)による高血圧症

 Choiらは,22人のアルドステロン産生副腎腺腫(APA)の8 人においてKCNJ5(カリウムチャンネルをコードする)のselectivity filterをコードする遺伝子領域あるい
は,近傍に変異を同定した.さらに,メンデル遺伝を呈し,両側の副腎腺腫を有する重症遺伝性アルドステロン症家系にKCNJ5遺伝子変異を発見している.Na コンダ
クタンス異常とCa流入異常によって,アルドステロン分泌亢進と細胞増殖のプロセスが起こる発症メカニズムを提唱している226)

 遺伝性・家族性高血圧症は,発症頻度はごくまれであると考えられているが,原因遺伝子が明らかになっており,遺伝子診断により治療法の選択肢を決定し得ると考
えられる.Liftonらが指摘したように214),遺伝性高血圧症をもたらす遺伝子は,腎尿細管のイオントランスポーター,その調節因子およびアルドステロン感受性遠位ネフ
ロン(ASDN)における鉱質コルチコイドホルモンの情報伝達系に限局しており,腎尿細管におけるナトリウム再吸収異常が一次的に存在することは確実である.
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心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)