3 多因子疾患
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 高血圧症,糖尿病,高脂血症さらにはそれらの危険因子を背景に発症する虚血性心疾患は,多因子疾患であり,生活習慣等の環境要因と,複数の遺伝的素因の
相互作用の結果,発症すると考えられている.虚血性心疾患の家系内集積については欧米を中心に報告がある.発端者の第一度近親(親および同胞)における発症
リスクは一般集団に比較して2~ 4 倍227)となり,さらには発端者が男性で45歳以下の場合には同胞が55歳までに冠動脈疾患を発症するリスクは一般集団の6.7~
11.4倍228)にもなると報告されている.すなわち,心筋梗塞発症には明らかに遺伝的要因が介在し,それは若年ほど強いことを意味している.また,既知の冠危険因
子で補正しても発症に寄与することが示されたことから,既知の冠危険因子とは独立した遺伝的冠危険因子が存在することが示唆された.このような遺伝的素因は,
単一の遺伝子変異,単一の遺伝子多型でもたらされることは極めてまれであり,環境要因に対する反応性にかかわる多数の疾患易罹患性遺伝子の遺伝子型が相互
作用することによると考えられる.このことは,ありふれた病気(common disease)が,ありふれた遺伝子多型性(common variation)によりもたらされるという仮説に
基づいて理解されている(CVCD仮説).この仮説に基づき,疾患との関連が示唆される多数の候補遺伝子について,その遺伝子多型に関する検討がなされ,国内外
から膨大な数の報告がなされてきた.

 最近では日本においても全ゲノムにわたって遺伝子多型を検討した網羅的アプローチ(genome-wide approach)が積極的に行われており,高血圧,糖尿病,虚血
性心疾患等の多因子疾患に関連する遺伝子多型に関して多くの知見が得られつつある.

 遺伝子多型と疾患発症との関連性解析については様々な手法が知られるが,疾患群と健常者群とにわけて遺伝子多型の頻度を比較するassociation studyが最も
よく行われている.この手法は検出力が高いという利点を有する反面,疑陽性が多い点,被検者のサンプリングバイアスがかかる点,また前向き研究でないため生き
残った人のみで解析する生存バイアスがかかってしまう点等が問題点として挙げられる.しかも疾患との関連性が示唆された多くの遺伝子多型に関して,複数かつ大
規模な集団を用いた追試がなされていないことも多い.また同じ多型であっても,民族(すなわち遺伝的背景)によってその効果は異なるため,欧米で虚血性心疾患と
の関連が報告された遺伝子多型が,我が国においてそのまま外挿されるわけではない.機能的側面から説明困難な遺伝子多型については特に注意が必要である.
例えば疾患との関連が同定された遺伝子多型は連鎖不平衡の関係にある別遺伝子の遺伝子多型のマーカーに過ぎず,実際に機能的に疾患と関連しているのはそ
の別遺伝子である,ということが起こり得る.さらに生物学的に説明可能な遺伝子多型であっても,それだけで説明しようとしてはならず,遺伝子と環境要因の相互作
用,他の遺伝子の関与等を考慮する姿勢が求められる.

 したがって,現段階においては実地臨床で高血圧,虚血性心疾患,高脂血症との関連が明確な根拠をもって証明されている遺伝子多型は少ないのが現状であり,
今後,疾患発症との関連性が濃厚と考えられる遺伝子の多型性については,より大規模な集団でかつ前向きの研究を行うことにより検証を重ねていくことが必要であ
る.本ガイドラインでは,現時点で明らかにされている疾患関連遺伝子多型に関する記述は割愛する.

 また,単独の遺伝子多型を扱うのでなく,遺伝的にほぼ連鎖して引き継がれる連鎖不平衡の関係にある多型の集合体(ハプロタイプ)を用いた研究が行われてい
る.連鎖不平衡に基づいてパプロタイプのブロックに分割し,ハプロタイプごとの目印になる tag SNPを同定する“Hap-Map Project229)”が行われ,GWAS(
Genome-wide Association Study)を行う上での基礎データとして大きな威力を発揮している.

 多因子疾患においては,三省指針「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」5)に基づいて遺伝子解析研究が行われてきており,今後も遺伝子解析研究に従
事する者はこの指針を遵守する責務がある.一方,遺伝学的検査に関しては日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」9)に基づき,検査の
実施にあたっては,当該検査の分析的妥当性,臨床的妥当性,臨床的有用性等の科学的根拠を明確にする必要がある.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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