5 Noonan症候群(NS1 MIM ID#163950)
Ⅱ 各論 > 2 単一遺伝子異常 > 5 Noonan症候群
①概念

 NoonanとEhmkeが1963年に報告したTurner 症候群に似た症候群で,低身長,眼間解離,眼瞼裂斜下,肉厚の耳介等の特徴的顔貌と,短頸,翼状頸,乳頭間解
離,胸郭異常(楯状胸),母斑,リンパ浮腫,停留睾丸等がみられる.一部は軽度の精神遅滞を示し,血液凝固障害もみられる.顔症状は新生児から幼児期に明瞭
で,この時期の臨床診断は容易であるが,成人すると特徴を失う傾向がある.罹患率は1,000~ 2,500人に1 人である.本症の70~ 80%が心疾患を合併し,先天性
心疾患の1.4%を占める.肺動脈弁異型性狭窄と肥大型心筋症が特徴である52)

②心血管病変の特徴

 肺動脈弁狭窄が20~ 50%と最も多く,肺動脈狭窄の7%をNoonan症候群が占めるといわれるほどである.肺動脈弁異型性狭窄,末梢部狭窄さらに二次孔心房中
隔欠損症(10~ 20%)の右心系疾患を高率に合併し53),心内膜床欠損もスペクトラムに含まれる54).肥大型心筋症は20~ 30%に合併し,心室拡張機能障害(拘束
型心筋症様)が特徴である55).不整脈や突然死の発生は少ない.

 日常診療上の問題は,肺動脈弁異型性狭窄治療法の選択である.禁忌ではないが,バルーン拡張術は狭窄の解除効果に乏しく,肺動脈損傷による出血の危険が
ある.小さめのバルーンを選択し低圧で行う慎重さが必要で,手術時期を遅らせる姑息的治療と考えるべきである.手術では弁切開に弁輪拡大術を加えるのが一般で
ある.合併する心房中隔欠損症の短絡量増加にも注意する.

③臨床像

1 )血液凝固リンパ障害
 病歴上の異常出血や血液凝固検査値異常が30~ 60%にみられる.PTT 延長,凝固因子(Ⅴ,Ⅷ,,protein C, von Willebrand)減少,血小板数減少,血小
板機能低下等様々である.侵襲的検査や手術前にスクリーニング検査を行うこと,アスピリン投与を控えること等が重要となる52),56).まれに若年性骨髄単球性白血
病(JMML)の報告がある.20%ほどに,リンパ障害がみられる.新生児期には足背の浮腫,頸部cystic hygroma が好発する.乳児期以降も,肺,胸腔,腸管,外陰
部等にリンパ液貯留がみられる.リンパ管過形成による.

2 )神経発達
 関節の過伸展や筋緊張低下により乳幼児期の運動発達は遅れがちである.30%ほどに軽度の精神発達遅滞がみられるが,ほとんどは普通学校の教育で十分であ
り,特別な教育支援を必要とするのは 10~ 15%である52).二峰性のIQ分布も報告されている57).Noonan症候群と知らされた両親が,精神発達遅滞の情報につま
ずくことが度々で,個別指導をすすめることが重要である.悪性高熱の報告があるので,全身麻酔に際して,軽度の筋疾患,creatine kinase(CK)上昇合併に注意が
必要である52)

3 )成長と内分泌
 出生時身長は正常.乳児期の哺乳障害は見逃されてきたが高率であり育児指導の要点となる.胃腸機能障害とされているが徐々に改善する.年間伸張率が遅
れ,骨年齢や二次性徴開始も2年ほど遅れる傾向にあり,成人期には40~ 50%が3パーセンタイル以下である58).低身長が特に目立つ場合(-2SD以下)は,7~ 8
歳までに成長ホルモン分泌検査を実施し,分泌不全が示されたら補充療法を行う.成長ホルモンが肥大型心筋症を増悪させた例は報告されていないが,心エコー検
査による慎重な経過観察が必要である.男児の60~ 80%に合併する停留睾丸に対しては,幼児期は泌尿器科専門医による手術適用の判断,思春期は内分泌・泌
尿器科専門医による性ホルモン補充の適用評価が必要となる52)

④診断および原因遺伝子

 循環器疾患の診断,特に断層心エコーによる肺動脈弁の観察に加えて,いくつかの特徴的身体所見を認めることにより,Noonan症候群の臨床的診断は比較的容
易である.女性患者では,染色体検査でTurner 症候群を否定することは有益である.

 高頻度にみられる疾患であり半数は常染色体優性遺伝形式とされながら疾患遺伝子の同定は遅れた.2001年Tartagliaらにより原因遺伝子の1つとしてPTPN11
(12q24.1)が同定された59).PTPN11はプロテインチロシンフォスファターゼであるSHP2 をコードする遺伝子で,発生過程で細胞間シグナル伝達に重要な役割を果た
しており,心臓形成過程では半月弁に発現がみられる.変異はgain of function機序で作用する60).臨床診断例の約50%で異常が確認されている(NS1; 家族発症
例で59%,孤発例では37%である).その後PTPN11に変異が見られなかった群の遺伝子解析で他の遺伝子に原因変異が同定された.KRAS( 12p12.1) の変異群
はNS3(MIM#609942)とされ,数%に限られるが,頭蓋骨癒合を伴う身体症状,心血管病変,血液疾患等重篤なものが多い.SOS1( 2p22-p21)変異は約20%に認
められNS4(MIM#610733)に分類されて,皮膚角化症や毛髪等外胚葉異常の特徴が指摘されている61). さらに,RAF1(NS5),NRAS(NS6)の変異も示され,遺伝
子変異と臨床症状特に心疾患との関連について検討が進んでいる62)

⑤鑑別診断

 Noonan症候群に遺伝的異質性があることは,類似の臨床症状で鑑別に苦慮する疾患,同一家系で異なる症状を示す例等が数多く報告されてきたことを説明する.
LEOPARD症候群とNF1,Watson症候群との鑑別診断が問題となる63).一部にオーバーラップが認められる.

 LEOPARD症候群は,1969年にGorlinが記載した症候群で,Lentigines,ECG abnormalities,Ocular hypertelorism/Obstructive cardiomyopathy,Pulmonic
stenosis,Abnormal genitalia,Retardation of growth,Deafness の症状よりなる.Lentiginesは生下時から認めることもあるが,多くは小児期に出現して徐々に増
加する,平坦で暗褐色ないし黒で径 1~ 2mmという,極めて特徴的な母斑である.Lentiginesと難聴の存在がNoonan症候群と区別する症状であったが,これらを欠く
場合,鑑別は困難でもあった.現在,PTPN11変異および一部症例にRAF1変異が判明し,同一座における異なる変異を意味するアレル異質性(allelic
heterogeneity)とされている.表現型-遺伝子連関の研究で,肥大型心筋症は73%(19/26)に認められ,突然死(2/19)や致死的不整脈(2/19)が報告された64),
65)

 神経線維腫症 neurofibromatosis NF1(von Recklinghausen病)は,17番染色体上のNF1変異による.代表的な前癌遺伝子RASのdown regulatorである
neurofibrominをコードしている.表現度の差が大きく,加齢とともに増殖性症状が出現することが知られる.数%に心疾患を合併し,肺動脈弁狭窄症が多い.母斑
cafe-au-lait spots のみで神経線維腫がみられない小児期には鑑別に注意を要する.成人期にNoonan症候群が症状軽減するのとは対照的であり,親との面接が診
断に有効となる.オーバーラップ疾患 Neurofibromatosis-Noonan症候群(MIM 601321)にも,分子レベルでの検討が必要である66),67)

⑥再発率

 常染色体優性遺伝であるが,浸透率は高くないと考えられている.罹患した親から子どもへの遺伝は母親からが多い(母父比は3:1).停留睾丸等による男性不妊
症が原因と考えられる52).孤発性も多いが,症候が加齢とともに軽くなり,親の症状が顕著でないことがある.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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