3 Holt-Oram 症候群(MIM#142900)
Ⅱ 各論 > 2 単一遺伝子異常 > 3 Holt-Oram 症候群
① 概念

 1960年にHolt MとOram Sが,上肢の奇形に心房中隔欠損を合併した4世代家系を報告した21).出生10万人に1人とまれな疾患で,常染色体優性遺伝形式をとる.
先天性心疾患と上肢特に母指・橈骨側の異常で臨床診断する.さらにいずれかの症状に家族内発生(常染色体優性)があれば確実である.BassonやNewburyの臨
床診断と家系集積が22),23),1997年の原因遺伝子TBX5の同定とその後の遺伝子変異―表現型検討の基礎になった24).数種類ある心臓・手症候群heart-hand症候
群が整理され,本症候群(HOS)はType1,最も多いものに位置づけられている25).心形成異常発生へのTBX5関与の証明が,改めて本症候群への関心を高めたこと
も確かである.

②心血管病変の特徴

 HOSの95%に先天性心疾患を合併し,伝導障害(房室ブロック)を伴う二次孔心房中隔欠損症が典型である.Sletton LJ の文献集積189例(1974~ 95年)では心
房中隔欠損症が60.3%を占め,心室中隔欠損症では多発性筋性部欠損が多く,心内膜床欠損症(一次孔心房中隔欠損),左心低形成の報告もある26).Newbery-
Ecobの報告55例(家族性 44,孤立性11)では心房中隔欠損症(34%),心室中隔欠損症(25%),ファロー四徴症と続き,心電図異常(伝導障害)のみが39%であっ
た.心疾患と上肢異常の関連については,重症度に相関を認めたのに対して,上肢異常が中心で,心疾患の頻度が少ない家系が存在することが示された.

③臨床像

 上肢から肩甲部の異常は表現型の幅は広く,同一家系内でも一定しない.多くは両側性であり,片側性の場合は左側病変が高度であると指摘されてきた.拇指の
異常(母指欠損・低形成,3指節母指)が95%,橈骨欠損・低形成が38%,アザラシ肢10%で,その他に合指,欠指,尺骨異常等がある.鎖骨,肩甲骨,胸骨,肋骨
の異常もあり,上肢と胸部のX線検査が重要である.下肢の異常はない.このような四肢骨格異常には発生学的な根拠がある.顔貌は,前額や下顎が広くやや角
張って,眼間は狭く鼻柱が短いことが指摘されているが,他の心臓-手症候群と区別できるような特異なものではない27).精神遅滞は認められていない.

 HOSを他の心臓- 手症候群と臨床的に鑑別すべきである.Tabatznik症候群 Type Ⅱ,heart-hand症候群 type Ⅲ(Spanish type,中指関節欠損による短指
症).Char症候群や Ulnar-mammary症候群(TBX3に変異)では尺骨側に異常がある.Vater連合(MIM#192350)や鰓弓症候群 brachial arch syndrome(MIM #
164210 Goldenhar 症候群)も除外する.

④原因遺伝子

 1997年に,英国と米国のグループからほぼ同時に染色体12q24.1上のTBX5変異が報告された.その後,遺伝子変異は37種以上発見され,変異の範囲・種類と臨
床像の相関について議論が続いている28)

 Drosophila等のモデル生物で,発生を制御する遺伝子発現のカスケード研究が進展した.発生に関与する遺伝子群は種を超えてよく保存されており,成長因子ある
いは転写因子(DNAの制御領域に結合して他の遺伝子のon/offを切り替える)をコードしている.T-boxファミリーはこのような発生段階の遺伝子群で,20以上の遺
伝子が知られ,180のアミノ酸からなる共通部分T-boxを特徴とし,別名Brachyury遺伝子である29),30).細胞接着,特に脊索を形成する中胚葉で発現し,実験発生学
に知見蓄積がある.その転写因子の1 つであるTBX5のヘテロ異常がHOSの原因であったことは,当然ながら,一疾患の原因解明にとどまらず大きなインパクトをもた
らした31).TBX5が前肢の形成に必須であること,左心室,房室弁,心房中隔さらに伝導系中枢部に発現していることが確認されている32)

⑤遺伝学的検査とカウンセリング

 的確な臨床診断,すなわち母指・橈骨側病変と心疾患の合併および家族集積のもとでは,TBX5変異は70%以上に検出され33),浸透率はほぼ100%である.家族
性15%,de novo変異85%である.前提となるべき的確な臨床診断について,Circulation誌に掲載された薬指短縮と心房中隔欠損症合併症例へのコメントが教訓的
である34).家族調査は本症候群診断に極めて重要であり,母指低形成の確認に X 線診断が必要との記述もみられる.しかし,生命予後が良好である本症候群で
は,偏見をおそれ上肢や指の異常は隠されることが多いので,良好な患者-医師関係が成立し,十分な理解があって初めて可能となる.両親を含む遺伝学的検査を
行う意義は大きい35).例えば発端者がde novo変異による場合,同胞の発症可能性は無視できる.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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