1 Marfan 症候群(MIM#154700)
Ⅱ 各論 > 2 単一遺伝子異常 > 1 Marfan 症候群
①疾患概念

 Marfan症候群は,結合織(細胞外マトリックス)異常が原因の遺伝性疾患で,その表現型(phenotype)により診断される.常染色体優性遺伝である.発生頻度は,
少なくとも 5,000人に1人の割合で認められている.しかし,25%は遺伝性が証明されず,de novo変異で発症したと考えられている.

②遺伝子の異常

1 )フィブリリン1 遺伝子(FBN1)の変異
 15番染色体上(15q21)のフィブリリン1遺伝子(FBN1)の変異であり,変異は遺伝子の全領域に存在する.遺伝子異常は,1,000以上報告されており,それぞれの
変異は,それぞれの家系や散発例で特徴がある.その変異の特徴は,大きく3つに分類することができる.
(1 )1つの塩基の変異により,アミノ酸が1 つだけ異なるタンパクが生成される場合(システイン残基が関与するものが多い).
(2 )遺伝子の変異により遺伝子の長さが短くなり,作られるタンパクが小さくなる場合.
(3 )遺伝子の部分的欠損のために,フィブリリンタンパクの部分的欠損を生じる場合.
   これらの遺伝子の変異と表現形や重症度との関連は,不明であるが,exon24-32はneonatal regionと呼ばれ新生児のMarfan症候群において比較的高頻度に変
   異が検出されるとの報告もある.フィブリリン1がTGFβシグナル系の制御に関与することから,FBN1異常がTGFβシグナル系の活性化をもたらし病態形成に関わ
   るとする説が有力視されている.

2 )TGF β受容体遺伝子(TGFBR1, TGFBR2)の変異
 細胞外マトリックスのタンパク合成を担うサイトカインである TGFβのI型およびⅡ型受容体の遺伝子変異による Marfan症候群が最近報告された.本遺伝子はMarfan
症候群類縁疾患であるLoyes-Dietz症候群の原因遺伝子であることも示されているが,Marfan症候群の病態におけるTGFβシグナル系の重要性を示唆している.

 なお,遺伝子変異の証明による発病予測や重症度判定は困難であるが,経過観察を行う上で有用な情報を得ることが可能になる.

③診断

 De Paepe らによるGhent基準(1996年)が日常診療で用いられているが,2010年新しいGhent基準15)が提唱され,より大動脈表現型(バルサルバ洞拡大)と水晶
体亜脱臼,家族歴・遺伝子異常が重視された基準となっており,僧帽弁逸脱,整形外科的特徴,皮膚所見,肺病変,硬膜拡大等はsystemic scoreとして点数化し一
定の点数を超えた際に身体所見ありとして診断するシステムとなった.現段階では従前のGhent基準(1996年)に基づき記載する.

発端者(診断を受ける人)が,
(1 )家族歴・遺伝歴に該当項目のない場合,少なくとも2 器官で大基準を満たし,もう1つの器官の罹患がある場合,
(2 )Marfan症候群を来す変異が家系内で検出されており,1 器官での大基準を満たし,もう1 つの器官の罹患がある場合,
発端者の親族が,
(3 )家族歴・遺伝歴の項目での大基準項目が1 個存在し,1器官での大基準を満たし,もう1つの器官の罹患がある場合,
以上が Marfan 症候群と診断される.評価すべき項目としては(1)骨病変,(2)眼病変,(3)心血管系病変,(4)肺病変(気胸,ブラ等),(5)皮膚病変( 皮膚線条
等),(6)硬膜(dural ectasia),(7)家族歴・遺伝子異常について評価を行う(各項目の詳細については成書を参照されたい)

④心臓血管系の異常

大基準(以下の2つがある.)
(1 )バルサルバ洞の拡大(年齢により基準値が異なる)
(2 )Stanford A型解離(上行大動脈を含む解離性大動脈瘤,限局性の場合は診断が困難)

小基準(以下の4つがあるが,3,4はあまりない.)
(1 )僧帽弁逸脱
(2 )胸部下行大動脈,腹部大動脈の拡大,解離
(3 )肺動脈の拡張(まれ)
(4 )僧帽弁輪の石灰化(まれ)

⑤循環器検査

 胸部単純レントゲン,心電図,心エコー,CTあるいはMRI 検査を行い診断する.
(1 )Marfan症候群および不全系で心臓血管系の正常群
   年2回の胸部単純レントゲン,心電図,心エコー検査を行う.腹部大動脈も同時に観察する.年1回はCTあるいはMRI 検査を行う.
(2 )なんらかの心臓血管系異常群が認められる場合
   年2回の胸部レントゲン,心電図,心エコー検査,全身のCTあるいはMRI 検査を行う.大動脈瘤や弁膜症が手術適用に近い場合は,頻度を増やすことがすすめら
  れる.3か月以内に1 回の画像診断による検査を行うことが必要である.
(3 )全身所見の評価として手首サイン・側弯等の整形外科的所見の評価,眼科診察による水晶体亜脱臼等の評価を行う. CT/MRI検査を実施した際には心・大血管
   の評価だけでなく,肺病変( ブラ),硬膜拡張(dural ectasia)の有無等全身の評価を行うことが重要である.

⑥注意すべき病状の進行

 ここでは項目のみを列記し,詳細は他書にゆずる.
(1 )急性大動脈解離
(2 )大動脈瘤破裂
(3 )大動脈弁輪拡張症(大動脈弁閉鎖不全症)
(4 )僧帽弁閉鎖不全症
(5 )心不全による高度の心筋障害
(6 )不整脈(上室性,心室性)

⑦治療および生活管理等

 ここでは項目のみを列記し,詳細は他書にゆずる.
(1 )薬物治療
(2 )手術治療
(3 )運動制限
(4 )妊娠出産(妊娠出産のガイドライン参照)

⑧着床前診断

 我が国においては行われていない.米国ではいくつかのセンターで行われている.

⑨予後

 最近の手術成績は遠隔成績を含めて非常に良好で,心血管病変を発症しても適切な治療により70歳以上の生存が可能と思われる.他部位の血管病変の進行・発
生による再手術は多く,10年の再手術回避率は64%であった.特に,大動脈解離を合併すると残存病変に対する再手術が多い傾向にある.外来でのフォローを怠るこ
となく,再手術を決断することが,長期生存の重要なポイントである.

 Marfan症候群の類縁疾患として以下に挙げるような疾患がある. 例えばLoeys-Dietz症候群では血管の蛇行等が目立つとともに,より若年で重症の大動脈病変を
呈することが多いため,早期鑑別が重要視されている.
・ Loeys-Dietz症候群(LDS):両眼解離症,口蓋裂/口蓋垂裂,上行大動脈拡張/解離を三徴とする症候群.
・ 家族性胸部大動脈瘤/解離症候群Familial Thoracic Aortic Aneurysm and Dissection Syndrome(FTAAD)
・Ehlers-Danlos症候群(EDS)
等.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
次へ