3 Down症候群
Ⅱ 各論 > 1 染色体異常 > 3 Down症候群
①疾患概念

 21番染色体の過剰[21トリソミー]に基づく,先天異常症候群.

②発生頻度

 出生児のなかで,最も発生頻度が高い染色体異常であり,一般頻度は1,000人に1人.男女比は3:2.出産時の母体平均年齢は高く(34歳),発生頻度は母体年齢
とともに増加し,35歳以上:300人に1 人,40歳以上:100人に1人,45歳以上:45人に1人.

③遺伝的原因

 21番染色体(責任領域 21q22.3)トリソミー

④染色体核型と発生原因

1 ) 標準型 21 トリソミー[47, XY, + 21 または47,XX, + 21]:92.5%
 孤発例が多い.母体年齢の影響が大きい.トリソミーの形成は染色体不分離による(母由来;第1 減数分裂70%,第2減数分裂20%,父由来;第1減数分裂5%,第
2減数分裂 5%)

2 ) モザイク[46, XY/47, XY, + 21 または46, XX/47,XX, + 21]:2.5%
 孤発例が多い.トリソミーの形成は,トリソミー細胞中の染色体脱落か,体細胞分裂の異常による.表現形は修飾される(例えば,正常/トリソミー21モザイクでは脳細
胞中の正常細胞の割合に比例してIQが高くなる).

3 )転座型[t(Dq;21q)または t(21q;Gq)]:5%
 孤発例もしくは両親のどちらかが転座保因者.過剰な21番染色体はグループD(13,14,15)染色体もしくはグループG(21,22)染色体に転座(Robertson型転座)
している頻度が高い.

4 )部分21 トリソミー:まれ
 21q22.3領域のトリソミー

⑤再発率と保因者診断

1 )発症者が非転座型の場合
 両親が保因者である確率は極めて低く,原則として両親の染色体分析(保因者診断)は必要ない.例外は,同胞が Down症候群に罹患している,親がこの疾患の
部分症状をもつ(モザイク型の可能性)等の特別な場合である.再発率には母体年齢の影響が大きい.再発率の観察値は1 ~ 2%である.

2 )発症者が転座型の場合
 両親のいずれかが転座保因者である可能性があり,再発率を予測する上で,染色体検査がすすめられる.

①発症者の核型が t(Dq;21q)の場合

 約 50%の症例では,両親のいずれかが外見正常な t(Dq;21q)保因者であり,残りの半数は孤発性(再発率は非転座型と同様)である.両親のいずれかが保因者
である場合,正常:外見上正常な保因者:転座型 Down症候群が出生する確率は理論上 1:1:1であるが,再発率の実際の観察値は,母が保因者である場合:
15%,父が保因者である場合:5%,と異なる.

②発端者の核型が t(21q;22q)の場合

 約90% が孤発性(再発率は非転座型と同様),約10% で両親のいずれかが外見上正常な保因者である.再発率の理論値は t(Dq;21q)と同様,観察値は母が保
因者である場合:10%,父が保因者である場合:極めて低いと考えられる(十分なデータなし).

③発端者の核型がt(21q;21q)の場合

 両親のいずれかが保因者である確率は3%以下.ただし,保因者からは正常な子が生まれる可能性はない(再発率100%).

⑥出生前診断

(1 )第1子が Down症候群で30歳以上の妊娠の場合,十分なカウンセリングを行った後,羊水検査が考慮される.
(2 )高齢妊娠(35歳以上とするのが一般的)は,出生前診断が考慮される.
(3 )妊娠 10~ 14週の超音波検査で項部透明層の拡大・項部浮腫(nuchal edema)があれば,絨毛検査,羊水検査が考慮される(ただし,この所見は 21トリソミー
   の他に18トリソミー,13トリソミー,45X,その他の染色体異常にもみられることがある).
(4 ) 妊娠14~20週に母血清中のAFP,uE3,hCG,inhibin Aの濃度分布と母年齢をもとに胎児がテストの対象疾患である確率を計算すること(21トリソミーでは,
   triple test:AFP低下,uE3低下,hCG増加,quatro test:AFP低下,uE3低下,hCG増加,inhibin A増加の傾向を示す).これらの検査は確率を示すものであり,
   確定診断とはならない.
(5 )超音波所見・血清マーカーの異常は,あくまでも21トリソミーを推定するに過ぎない.異常所見を得たら,絨毛・羊水細胞の染色体分析により確定(または否定)
   する必要がある.超音波所見を総合して,Down 症候群のほぼ半数が診断可能.妊娠後半に,超音波検査の異常として,胎児水腫,心形成異常,十二指腸閉
   鎖(羊水過多),臍帯ヘルニア,胸水貯留,項部皮膚肥厚,hyperechoic bowel,軽度の腎盂拡大等が認められる場合がある.
(6 )超音波検査,血清マーカーテストで異常所見がなくても21トリソミーを否定することはできない.21トリソミーの胎児5 人のうち4 人は自然流産・死産で失われ,残
   りの1 人が出生する.妊娠16週で羊水診断をしてから出生に至る間に23%が流死産する.流死産する21トリソミーと出生する21トリソミーの間には本質的な違い
   はみつけられない.

⑦症状・予後・管理

・主要症状
 外表異常として,短頭症,短頸,眼間解離,内眼角贅皮,眼瞼裂斜上,小耳,平坦な鼻根部,巨舌,突出した舌,開口,狭/高口蓋,歯牙形成異常,幅広い手,短指
症,第2,5中手骨短縮,第5指内反,偏平足,第1・2趾間開大,母趾球部脛側弓状紋,腸骨低形成,乾燥肌が認められる.

 新生児・乳児・小児期の症状として,筋緊張低下,関節可動域開大,精神運動発達遅滞,低身長が認められる.

 先天性心疾患(合併頻度40%)の内訳は,心室中隔欠損(35%),心内膜床欠損(45%),心房中隔欠損(8%),動脈管開存(7%),ファロー四徴症(4%),その他
(1%).出生後,21トリソミーが疑われた場合,ただちに心臓超音波検査がすすめられる.生後,肺高血圧(肺血管抵抗が低下しない)が持続し,心疾患による臨床症
状がマスクされることがあるため注意が必要である.

1 )心室中隔欠損症(VSD)
 日本の報告では,VSDの頻度が最大とするものが多い.Kirklin分類ではⅢ型が多く,Ⅳ型が少ないことが,Down 症を伴わない VSDとの相違点である.左右シャ
ントに伴う肺高血圧の進行が早く,肺高血圧合併例は生後3 ~ 4か月に手術を行うことがすすめられる.ASDやPDAといった,他の左右シャントを合併する頻度が高
い.

2 )心内膜症欠損(ECD)または房室中隔欠損(AVSD)
 日本の報告ではVSDに続いて2番目に頻度が高い.完全型,不完全型(一次孔欠損)に大別され,完全型は共通房室弁の形態は Rastelli分類 Aと Cが同等もしく
はCがやや多い(Down症を伴わないECDではA>C).完全型は肺高血圧の進行が非常に早いため,生後4 か月以内の手術が求められる.不完全型は,手術の適
用は肺体血流比により決定される(小児期では2.0以上).完全型,不完全形ともに僧帽弁のクレフトを伴っており,術後も房室弁逆流および狭窄のフォローを要する.
また,術後房室ブロックの進行を認めることあり.Rastelli A型は左室流出路狭窄および大動脈低形成,大動脈縮窄等の合併率が高く,また肺高血圧の進行がC型に
比して早い可能性あり.Rastelli C型はファロー四徴症の合併が多いことが特徴である.

3 )心房中隔欠損(ASD)
 頻度は欧米,日本ともに3番目の頻度.二次孔欠損が主である.手術適用は一般群と同等である.

4 )動脈管開存(PDA)
 頻度は欧米,日本ともに4番目の頻度.肺高血圧の進行は一般群に比して早い.手術適用は一般群と同等である.

5 )ファロー四徴症(TOF)
 頻度は欧米,日本ともに5 番目.ECDを合併することあり.手術時期の適用は一般群と同等である.

6 )弁膜症
 MR,ARが主である.小児期に明らかな心疾患を認めない例も,成人期に弁機能不全を発症する可能性が高い.感染性心内膜炎の予防が必要となる.

7 )肺動脈性高血圧
 Down症候群では一般の左右シャントを生じる心疾患児に比べ,閉塞性肺血管病変の進行が急速であることが知られている.理由として,先天的・後天的な肺血管
床の低形成,血管作動性因子の不均衡,血管再生反応の破綻等が考えられている.

8 )PH crisis
 Down症候群では術後に著明な肺高血圧を呈する例が10%ほど存在する(一般群は約2%の発生率).特に術後,体血圧に比して右心系の血圧が超過する,危機
的肺高血圧の発生も数%存在する.

9 )その他の症状
・眼 科
 先天性/後天性白内障,屈折障害,斜視,眼振,緑内障,円錐角膜等.加齢とともに増加し,1歳までに38%,5~ 12歳までに80%が発症する.
・耳鼻科
 急性/滲出性中耳炎,難聴(38~ 78%).
・消化管(10%)
 小腸狭窄,十二指腸閉鎖/狭窄(十二指腸狭窄の1/3がDown症候群に合併する), 鎖肛,Hirschsprung病,輪状膵等.
・内分泌
 甲状腺機能低下症(10~ 40%)/亢進症,糖尿病(1%以上),小陰茎,停溜精巣,陰唇低形成等.
・血 液
 白血病(特に急性巨核芽球性白血病(M7)を発症する率が高い),TAM(一過性骨髄異常増殖症)等.
・神 経
 てんかん(8%),infantile spasms等.
・整 形
 環軸椎関節亜脱臼(~ 14%:実際に有症状となるのは1~ 2%),跛行等.
・免 疫
 免疫不全がみられることがある.
・呼吸器
 喉頭/気管/気管支軟化症,睡眠時無呼吸等(喘鳴を呈するDown症児に喉頭・気管支ファイバースコピーを行ったところ,過半数に軟化症所見を認めている).
・精神症状
 成人期の26.5%に発症.友人,家族その他重要な人物を失ったり,職場,学校,生活環境の変化が発症の引き金となる.ADHD 6.1%,conduct/oppositional
disorder 5.4%,aggressive behaviour 6.1%,depression 6.1%,autism 7%,Alzheimer’s disease(30歳代に10%,40歳代に10~ 25%,50歳代に28~ 55%,
60歳代に30~ 75%が発症)等.schizophrenia,psychosis は一般集団に比して低頻度である.
・歯科疾患
 歯科疾患および歯軋りは一般集団より頻度が高い.
・皮膚病変
 小児期に87%発症.掌蹠角化症40.8%,乾燥症9.8%,脂漏性湿疹30.9%,大理石様皮膚12.6%,溝状舌20%.成人期に入ると,毛包炎50~ 60%.その他アト
ピー性皮膚炎,真菌感染等が問題となる.

⑧予後と管理

 易感染性,先天性心疾患(発生頻度40%),白血病(発症頻度1%;通常の20倍)に左右される.日本では10歳生存率は90%に近く,死亡率は40歳を過ぎると急速
に上昇する.10歳における生存率は先天性心疾患の合併により大幅に低下する.平均寿命は豪州からの報告で,一般群男性68.1歳,女性74.3歳に対し,Down症候
群男性61.1歳,女性57.8歳であった.社会適応性は,精神発達療法,運動療法,言語療法:家族環境や教育,趣味の有無,医療的・養育的支援により大きく変化す
る.精神療法,運動療法,言語療法を6 か月より開始,低学年のうちはできれば普通学級で,その後特殊学級を考慮する.社会生活は専門性のある手作業の習得を
目指す.芸術的創造性を伸ばし,支えることをすすめる.両親の家で生活をする成人Down症候群例は施設での生活を行う者に比して,活動性や社会適応性が劣る.
両親の過剰な保護により,肥満傾向が生じ,活動性は低下,精神的に小児期の状態のままとどまってしまう可能性が大きい.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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