患者の適切なセルフケアは心不全増悪の予防に重要な役割を果たし,セルフケア能力を向上させることにより生命予後やQOLの改善が期待できる
843- 845).医療従事者は患者のセルフケアが適切に行われているかを評価し,患者および家族に対する教育,相談支援により患者のセルフケアの向上に
努める846, 847).患者教育では,疾患に関する情報にアクセスし,理解し,活用する能力であるヘルスリテラシーを考慮しつつ848),患者の理解度に応じた
教材を有効に活用することも重要である849)

 心不全患者に対する治療および生活に関する教育・支援内容を示す(表74).患者,家族あるいは介護者に対し,心不全の病態,基礎心疾患,
息切れやむくみなど心不全の主要症候について情報提供を行う.とくに急性増悪時の症状とその対処方法については十分に説明する.労作時息切れお
よび易疲労感の増強や安静時呼吸困難,下腿浮腫の出現のみならず食思不振や悪心,腹部膨満感,体重増加,倦怠感などが心不全増悪の症状であ
ることを患者,家族および介護者に理解させることも重要である.

 症状のセルフモニタリングは,心不全増悪の症状・徴候を早期に発見し,すみやかな受診と早期の治療開始を可能にするセルフケアの1つである.
心不全の増悪症状の自己観察とともに,毎日の体重(毎朝,排尿後),血圧,脈拍の測定は重要であり,とくに短期間での体重増加は体液貯留の徴候
として,心不全の増悪を示唆する.高齢患者は症状に気づきにくいため,家族あるいは介護者による観察,評価が有効である.

 患者自身が呼吸困難や浮腫などの症状に気づく,あるいは症状モニタリングの結果,急激に体重が増加するなど,心不全の増悪が疑わしい場合は,
自ら活動制限,塩分制限を厳しくするとともに,すみやかな受診が必要であることを説明する.

 服薬をはじめとする治療の中断は増悪誘因の1つであるとともに死亡や再入院のリスクを増大させる850, 851).治療アドヒアランスの維持は心不全に対
する標準的治療の基盤をなす.服薬に関しては,患者,家族および介護者に対し,薬剤名,服薬方法に関する指示内容,副作用に関する情報提供を行
う.さらに,定期的に治療アドヒアランスの評価,副作用のモニタリングなどを行い,必要に応じて,治療内容の是正,患者教育の強化などを実施する.

 高齢者,独居者,認知機能障害の合併患者など,セルフケア能力に限界がある患者に対しては,家族への教育,支援とともに,訪問診療,訪問看護・
介護など,社会資源の積極的活用が求められる.
1.2.1 アドヒアランスとセルフケアを重視した患者教育
教育内容具体的な教育・支援方法
アルコール
・ 過度のアルコール摂取の危険性
・ 心不全の病因を含め個別性を
考慮し,飲酒量に関する助言
を行う.
禁煙
・ 禁煙の必要性 ・「 禁煙ガイドライン2010年改
訂版」を参照.
身体活動
・ 安定期の適切な身体活動の必
要性
・ 症状悪化時の安静,活動制限
の必要性
・ 過度な安静による弊害(運動耐
容能の低下など)
・ 運動耐容能,骨格筋を評価する.
・ 定期的に日常生活動作を評価
する.
・ 身体機能とともに生活環境を
考慮したうえで,転倒リスク
などを評価し,日常生活上の
身体活動の留意点を具体的に
指導する.
入浴
・ 適切な入浴方法 ・ 重症度や生活環境に応じた方
法を指導する.
旅行
・ 旅行中の注意事項(服薬,飲水
量,食事内容,身体活動量)
・ 旅行に伴う心不全増悪の危険性
・ 旅行中の急性増悪時の対処方法
・ 旅行時の食事内容や食事時間
の変化,気候の変化,運動量
の変化などが心不全に及ぼす
影響を説明する.
・ 旅行前の準備に関する情報提
供を行う.
性生活
・ 性行為が心不全に及ぼす影響
・ 心不全治療薬と性機能の関係
・ 勃起障害治療薬の服用について
・ 性行為により心不全悪化の可
能性があることを説明する.
・ 必要時,専門家を紹介する.
心理的支援
・ 心不全と心理精神的変化
・ 日常生活におけるストレスマ
ネジメント
・ 継続的に精神症状を評価する.
・ 日常生活におけるストレスマ
ネジメントの必要性とその方
法について説明する.
・ 精神症状の悪化が疑われる場
合は,精神科医,心療内科医,
臨床心理士へのコンサルテー
ションを実施する.
定期的な受診
・ 定期的な受診の必要性
・ 退院前に退院後の受診日程を
確認する.
・ 症状増悪時は,受診予定にか
かわらず,すみやかに医療機
関に連絡することを説明する.
・ 医療者へのアクセスを簡便に
する.(電話相談,社会的資源
の活用)
教育内容具体的な教育・支援方法
心不全に関する知識
・ 定義,原因,症状,病の軌跡
・ 重症度の評価(検査内容)
・ 増悪の誘因
・ 合併疾患
・ 薬物治療,非薬物治療
・ 理解度やヘルスリテラシーを
考慮し,教育資材などを用い,
知識を提供する.
セルフモニタリング
・ 患者自身が症状モニタリング
を実施することの必要性・重
要性
・ セルフモニタリングのスキル
・ 患者手帳の活用
・ 患者手帳への記録を促すとと
もに,医療者は記録された情
報を診療,患者教育に活用す
る.
増悪時の対応
・ 増悪時の症状と評価
・ 増悪時の医療者への連絡方法
・ 呼吸困難,浮腫,3日間で2
kg以上の体重増加など増悪の
徴候を認めた場合の医療機関
への受診の必要性と,具体的
な方法を説明する.
治療に対するアドヒアランス
・ 薬剤名,薬効,服薬方法,副
作用
・ 処方通りに服用することの重
要性
・ デバイス治療の目的,治療に
関する生活上の注意事項
・ 理解度やヘルスリテラシーを
考慮し,教育資材などを用い
て知識を提供する.
・ 定期的にアドヒアランスを評
価する.
・ アドヒアランスが欠如してい
る場合は,医療者による教育,
支援を行う.
感染予防とワクチン接種
・ 心不全増悪因子としての感染症
・ インフルエンザ,肺炎に対す
るワクチン接種の必要性
・ 日常生活上の感染予防に関す
る知識を提供する.
・ 予防接種の実施時期に関する
情報を提供する.
塩分・水分管理
・ 過度の飲水の危険性
・ 重症心不全患者における飲水
制限
・ 適正な塩分摂取(6 g未満/日)
・ 適正体重の維持の重要性
・ 飲水量の計測方法について具
体的に説明する.
・ 効果的な減塩方法について,
教材などを用いて説明する.
・ 減塩による食欲低下などの症
状を観察する.
栄養管理
・ バランスのよい食事の必要性
・ 合併疾患を考慮した食事内容
・ 定期的に栄養状態を観察する.
・ 嚥下機能などの身体機能や生
活状況に応じた栄養指導に努
める.
・ 食事量の減少や食欲低下は,
心不全増悪の徴候の可能性が
あることを説明する.
表74 心不全患者,家族および介護者に対する治療および生活に関する教育・支援内容
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)
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