拡張型心筋症,虚血性心筋症などにおいて,僧帽弁のtethering,僧帽弁輪の拡大などによる二次性僧帽弁閉鎖不全は,さらなる血行動態の悪化に
結びつく.これまでの観察研究から,原因によらず僧帽弁閉鎖不全が存在するとHFrEF患者の予後はさらに不良となることが明らかとなっている557,
558).重症度評価の基準値は器質的僧帽弁閉鎖不全と二次性僧帽弁閉鎖不全で異なる.器質的僧帽弁閉鎖不全では有効逆流弁口面積0.40 cm2,
僧帽弁逆流量60mLが重度の基準であるが,二次性僧帽弁閉鎖不全では,器質的僧帽弁閉鎖不全と同じ有効逆流弁口面積や僧帽弁逆流量でも予
後がさらに不良である.したがって,器質的僧帽弁閉鎖不全では中等度と判断する有効逆流弁口面積0.20 cm2,僧帽弁逆流量30 mL以上を二次性
僧帽弁閉鎖不全では重度と判断するべきとされている559- 561).
しかし,予後悪化因子となる中等度から高度の二次性僧帽弁閉鎖不全を有する患者において,僧帽弁閉鎖不全に対する直接的な介入により予後が
改善するか否かについては,コンセンサスは得られていない.日本循環器学会(2012年発表)556),ESC(2012年発表)561),ACC/AHA(2014年発表)
560)の弁膜症の治療に関するガイドラインでは,高度の二次性僧帽弁閉鎖不全を有する患者がCABGなど開心術を受ける際には,合わせて僧帽弁に
対する手術介入を行うことをクラスIないしIIaとして強く推奨している.心不全症状を有する高度の二次性僧帽弁閉鎖不全患者において僧帽弁のみを手
術治療介入対象とする方針を,日本循環器学会のガイドラインはクラスIないしIIaとして推奨し,ESCとACC/AHAのガイドラインはクラスIIbにとどめてい
る.中等度の二次性僧帽弁閉鎖不全を有する患者がCABGを行う場合,僧帽弁に対する手術介入を日本循環器学会とESCのガイドラインはクラスIIaと
して推奨し,ACC/AHAのガイドラインはクラスIIbにとどめている.このように同じ病態の患者に対する治療方針においてガイドラインごとに差異がある理
由はエビデンスが欠如しているからであり,現在のガイドラインの記述は“expert consensus”に該当すると理解すべきである.これらのガイドラインが
発表されたあとの2016年には,Cardiothoracic Surgical Trials Networkによる介入研究において,中等度の二次性僧帽弁閉鎖不全を有する虚血性
心疾患患者に対してCABGの際に僧帽弁に手術介入を加えても予後が改善しないことが報告された562).さらに,僧帽弁に対する介入群では非介入群
に比し神経イベント(脳梗塞など),上室不整脈の発生率が有意に高かった.これを受けて2017年に部分改訂されたACC/AHAの弁膜症の治療に関す
るガイドラインでは,中等度の二次性僧帽弁閉鎖不全を有する虚血性心疾患患者に対してCABGの際に僧帽弁に手術介入を行う有用性は定かではな
いと記載している563).二次性僧帽弁閉鎖不全は心不全を増悪させる修飾因子の一部に過ぎず,これに直接的に介入すること自身は心不全の根本的
な治療ではない.ガイドラインの記述を盲信することなく,手術介入に伴うメリットとリスクを患者ごとに判断して方針を決定すべきである.
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)