a. 急性心筋梗塞に伴う心不全
 急性心筋梗塞による急性心不全の原因は急激な心ポンプ機能失調である.そのため,酸素および血管拡張薬の投与などの急性心不全に対する治
療も並行して行う(X. 急性心不全 3. 治療方針・フローチャート[p. 78]参照).可能なかぎりすみやかに再灌流療法を施行し,ポンプ機能の改善を
図ることを念頭に置く529).慢性心不全の急性増悪とは異なり,体液量は適正であることが多く,利尿薬の過剰な使用は控える.ポンプ失調による血圧
低下を認める患者では,主要臓器への急激な灌流低下を避けるためにカテコラミンによるポンプ機能の補助と昇圧が必要となる(X. 急性心不全 3.
治療方針・フローチャート[p. 78]参照).必要に応じてスワン・ガンツカテーテルなどによる血行動態モニタリングを行い,可能なかぎり早期にPCIや
冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting; CABG),血栓溶解療法など適切な再灌流療法を施行して心筋虚血を解除し,急性期より左室
リモデリング抑制を考慮した追加療法を行う.現在,ニコランジル530, 531),カルペリチド532, 533)に梗塞サイズ縮小効果をもたらす虚血耐性獲得効果が報
告されている.薬物治療によっても臓器血流が保たれない患者は,大動脈内バルーンポンプ(intra-aortic balloon pump; IABP)などの補助循環装置
の適応となる(XI. 手術療法 2.2. 急性心不全に対する経皮的補助循環[p. 97]参照).さらに長期的なリモデリングを予防するためには急性期か
らのACE阻害薬の投与を534),また,血行動態が安定した早期よりβ遮断薬の投与を開始する535).広範囲心筋梗塞の急性期には心破裂もしくは心タ
ンポナーデなどによる急激な心拍出量低下が出現することもある536).聴診をはじめ心エコー検査を頻回に行い確認する.心筋梗塞後の僧帽弁閉鎖不
全症は虚血による乳頭筋不全および断裂,もしくは腱索断裂などが関与しており537),急性肺水腫を伴う場合には緊急手術を検討する538).不整脈治
療,機械的合併症や虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する外科的な治療に関しては他項(IX. 併存症の病態と治療[p. 54] 1. 心房細動~3. 徐脈
性不整脈X. 急性心不全 5.5. 急性心筋梗塞の機械的不全の治療[p. 93])を参照のこと.

b. 虚血性心不全の急性増悪
 陳旧性心筋梗塞は慢性虚血性心不全の重要な基礎心疾患である.陳旧性心筋梗塞症例において狭窄もしくは閉塞した責任冠動脈の灌流領域を
超えて広範な左室壁運動低下をきたした状態を虚血性心筋症と呼び,長期間にわたる神経体液性因子の過剰分泌などによるリモデリングの結果と考
えられている539, 540)

 虚血性心不全患者では冠動脈病変の進展のみならず,冠攣縮や消化管出血などによる貧血,発作性心房細動による頻脈,もしくは過剰な日常活
動の結果,心筋での酸素の供給と需要のバランスが崩れ,心筋虚血(心内膜下虚血)が出現し,急激な拡張障害および収縮障害による急性心不全
が発症する541).とくに糖尿病や高血圧に心肥大を併存する患者では心内膜下虚血が生じやすく542),急激な拡張障害による電撃的な肺水腫をきたす
ため注意が必要である543).こうした症例には硝酸薬スプレーおよび冠拡張薬の使用が効果的であるが,必要に応じて適切にPCIまたはCABGによ
り血行再建を行う.また虚血性心筋症では慢性的な心筋虚血による収縮機能低下(心筋ハイバネーション)が存在する場合があり544),心筋バイアビリ
ティ評価により心筋ハイバネーションを疑う患者ではPCIまたはCABGの適応を考慮する.
4.2.1 急性心不全
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)
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