1 遺伝カウンセリングの原則
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①遺伝カウンセリングの非指示性と支援的態度

 遺伝カウンセリングでは,クライエント(遺伝カウンセリングを受ける人)の意思決定を誘導するのではなく(非指示性),意思決定の手助けをする姿勢(支援的態度)
が求められる.非指示的遺伝カウンセリングには2つの大きなポイントがある.第一は,クライエントの意思決定に役立ち,正確で偏りのない情報を十分に提供するこ
とである.第二は,クライエントを理解し,また共感することによって,その自律的な意思決定を支援できるような良好な関係を築くことである.遺伝カウンセリング担当
者は,自身が最善と思う方向に患者側を導きかねないような意識的に歪曲した説明を避けなければならない.クライエントは,正確な情報を得るためには遺伝カウンセ
リング担当者を頼らざるを得ず,もしその情報が偏っていた場合,通常はそれを見抜くことができない.しかし,非指示的遺伝カウンセリングとは,クライエントに情報を
与えるのみで,当事者とその家族が意思決定をする手助けを行わなくともよいというわけではない.クライエントが望む遺伝カウンセリング担当者とは,自分たちの問題
に耳を傾け,自分が何に価値を置くか理解し,それを表現するための手助けと,意思決定のための手助けをしてくれる人物である.意思決定はあくまでも当事者とその
家族のものであり,遺伝カウンセラーによって誘導されてはならないが,可能な限りその意思決定を支援する態度が求められる.

②わかりやすい説明と十分な時間

 遺伝カウンセリング担当者はクライエントが理解できる平易な言葉を用い,クライエントが十分理解しているか否かを常に確認しながら遺伝カウンセリングを進める
べきである.そのためには,十分な時間をかけるべきである.

③個別性

 遺伝カウンセリングを受けるクライエントは複数であることが多い.個人によって遺伝的負荷や家族的・社会的立場が異なることが多いため,個別に話を聞く機会を
設けることが必須である.

④未成年者等への配慮

 20歳未満の未成年者には,事実を理解する能力のみならず,社会的な判断能力に応じた対応が必要となる.検査を要求したり,同意したりするための判断能力と
は,(1)任意性,(2)個人および家族の社会的・文化的状況,価値観,生活スタイルに照らした選択としての「妥当な結果」,(3)合理的な考え方をもった大多数が理
解し得る「正当な」選択理由,および(4)リスクと便益,選択肢についての理解である.判断能力に必要な思考は11歳頃にはじまり,14歳頃まで発達する.それでも,
未成年者からの要求や同意が本当に任意であるかを判断するのは難しく,十分な注意が払われなくてはならない.

 遺伝カウンセリング担当者は,クライエントが未成年であっても,疾病や治療法の選択肢について理解させる努力を,可能な限り行うべきである.そして,疾病と可能
な治療法についての見通しについて,本人の前で両親と議論されるべきであり,両親は治療または予防法に関しての決定を下さなければならない.ただし,治療法や
予防法のない成人発症の疾病の発症前診断は小児に対しては行われるべきではない.

 小児については,その成長に合わせて,本人の要望がより尊重されるべきである.15歳以上の未成年者について,本人の要望が両親のものと同等に扱われるべき
か否かは,文化的,家族的,法的な状況および個人の状況によって個々に対応すべきである.すなわち,被検者の判断能力を基準とした,ケース・バイ・ケースの対
応が必要である.

 遺伝カウンセラーは,非指示的遺伝カウンセリングのなかで,必要な事実のすべてをクライエントに伝え,被検者の信条と価値観に従って事実と向き合うことを励ま
すように努めなくてはならない.

 非指示的遺伝カウンセリングの例外として,判断能力のないクライエントへの遺伝カウンセリングが挙げられる.クライエントのなかには,精神性疾患,重度の知的
障害,アルコールや薬物に対する依存症をもつ人や,正常な知能をもってしても,教育等によっては,コミュニケーションに問題を抱える人もいる.これらの人たちは,
遺伝的リスクの意味を推し量ることが機能的に困難である可能性がある.このようなクライエントのうち,他者への危険が多大と考えられる場合は,遺伝医学専門家が
被検者もしくは血縁者に前もって指示的カウンセリングが行われることを告げた上で,例外的に直接的なアドバイスを行うことがある.現時点では原則として倫理的に
許容されると考えられているが,さらなる慎重な検討が必要である.

⑤守秘義務

(1 )遺伝カウンセリング担当者は被検者(あるいはクライエント)に情報のすべてを伝えなければならない.情報の適切な提示は自由選択の前提条件であると同時
   に,遺伝カウンセリングを行う者と受ける者との自由な交流と信頼関係にとって必要不可欠となる.

    近年行われている出生前診断についても,クライエント(多くの場合,妊婦,あるいは妊婦とその配偶者)に胎児に関する情報を正確に伝える必要がある.
(2 )検査結果は正常な結果を含めて,遅れることなく被検者に伝えられるべきである.
(3 )健康状態に直接関係しない検査結果,例えば配偶者が子どもの実父でない事実は,開示しなくてもよい.
(4 )被検者やその血縁者が,検査結果を含めて遺伝情報を知りたくないと希望した場合は,その意思が尊重されるべきである.ただし,治療可能な新生児,小児の
   場合はこの限りではない.
(5 )心理的もしくは社会的に重大な危険をもたらす可能性のある情報については,情報開示を保留してもよい.遺伝カウンセリング担当者は,情報開示の一般的義
   務の範囲内で,被検者(あるいはクライエント)に情報を伝える時期について判断しなければならない.
(6 )子どもを望む夫婦には,パートナーの遺伝情報を互いに共有することをすすめるべきである.
(7 )被検者の親族に対しても遺伝カウンセリングを行うことが有用と判断される場合,遺伝カウンセリング担当者は,被検者から親族に遺伝カウンセリングをすす
   めるように話すべきである.
(8 )特に重大な遺伝的負荷を回避できる場合には,親族に遺伝情報を提供すべきである.そうすればその親族は自身の遺伝的リスクを知ることができる.
(9 )保因者検査,発症前検査,易罹患性検査,出生前検査の結果は,雇用主,生命保険会社,学校,政府機関に漏洩されてはならない.遺伝的体質による不利益
   または利益を受けてはならない.
(1 0)患者名簿は(いかなるものであっても)守秘義務の厳重な規範に従って守られるべきである.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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