5 発症前検査,易罹患性検査,保因者検査
11)-13
Ⅰ 総論 > 2 遺伝学的検査の目的・条件 > 5 発症前検査,易罹患性検査,保因者検査
 心臓血管疾患の発症を予測する遺伝学的検査には,単一遺伝子の変異でほぼ完全に発症を予測することのできる発症前検査と,多因子遺伝性疾患の罹患性の
程度を予測する易罹患性検査がある.発症予測を目的とする遺伝学的検査では,被検者のプライバシーを厳重に保護し,適切な心理的援助を措置しなければならな
い.特に就学,雇用,昇進,ならびに保険加入等に際して,差別を受けることのないように配慮しなければならない.雇用者,保険会社,学校,政府機関,その他第三
者機関は,心臓血管疾患の発症を予測する遺伝学的検査の結果にアクセスしてはならない.また,未成年者に対して,治療法や予防法が確立していない成人型心
臓血管疾患の発症前検査や易罹患性検査は,基本的に行われるべきではない.

①発症前検査

(1 )心臓血管疾患の発症前検査は,以下のすべての要件が満たされない限り,行ってはならない.
   ⅰ )被検者は判断能力のある成人であり,被検者が自発的に発症前検査を希望していること.
   ⅱ )同一家系内の罹患者の遺伝子変異が判明している等,遺伝学的検査によって確実に診断できること.
   ⅲ )被検者は当該疾患の遺伝形式,臨床的特徴,遺伝学的検査法の詳細についてよく理解しており,検査の結果が陽性であった場合の将来設計について熟慮
      していること.
   ⅳ )検査を行っても,発症年齢,疾患の重症度等については必ずしも正確には推定できないことを,被検者が十分に知らされていること.
   ⅴ )遺伝学的検査後,および結果が陽性であった場合には発症後においても,臨床心理的・社会的支援を含むケアと治療を行う医療機関を利用できること.
(2 )前項の要件がすべて満たされている場合に,遺伝カウンセリングを行い検査の実施の可否を慎重に決定する.遺伝カウンセリングは,当該疾患の専門医,臨
   床遺伝専門医,精神医学専門医等を含む複数の医師が中心となり,可能な限り,臨床心理専門職,看護師,ソーシャルワーカー等の協力を得て,複数回行う.

②易罹患性検査

 多因子遺伝性の心臓血管疾患の遺伝要因の解明が進められており,現状では臨床的有用性の検証段階であるが,今後はこれらを対象とする遺伝学的検査の臨
床応用が期待される.
(1 )多因子遺伝性の心臓血管疾患に関する易罹患性検査を行う場合には,検査の感度,特異度,陽性・陰性結果の正診率等が十分なレベルにあることを確認しな
   ければならない.
(2 )易罹患性検査に際しては,担当医師は,
   ⅰ )遺伝子変化が同定されても,発症を意味するわけではなく,「発症しやすい」を意味するだけであること,発症は浸透率や罹患性に対する効果(寄与率)
      等に依存すること
   ⅱ )検査目標とする遺伝子に変化が見出されない場合であっても発症する可能性が否定できないこと等について被検者に十分に説明し,理解を求めなければ
      ならない.
(3 )易罹患性検査は,被検者に適切な情報を提供したインフォームド・コンセントに基づいて,自由意思によって実施されなければならない.

③非発症者保因者検査

(1 )心臓血管疾患の遺伝学的検査は,家系内に常染色体劣性遺伝病やX染色体劣性遺伝病,染色体不均衡型構造異常の患者がいる場合,当事者が保因者であ
   るかどうかを明らかにし,将来,子孫が同じ遺伝病に罹患する可能性を予測するための保因者検査として行われることがある.
(2 )保因者検査は,被検者の健康管理に役立つ情報を得ることを目的とするのではなく,将来の生殖行動に役立つ可能性のある情報を得るために行われるものであ
   ることを被検者に十分に説明し,理解を得なければならない.
(3 )将来の自由意思の保護という観点から,未成年者に対する保因者診断は基本的に行われるべきではない.
(4 )保因者検査を行う場合には,担当医師および関係者は,診断の結果によっては,被検者およびその血縁者や家族が差別を受ける可能性があることに十分配慮し
   なければならない.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
次へ