sacubitril/valsartan(LCZ696)は,1分子中にARBのバルサルタンとネプリライシン阻害薬のプロドラッグであるsacubitril(AHU-377)を1:1で結合含有さ
せた化合物で,アンジオテンシン受容体/ネプリライシン阻害薬(ARNI)とよばれる新しいタイプの薬剤である.sacubitrilは吸収後3~4時間で活性体
(LBQ657)に変換され,ネプリライシン阻害作用を発揮する.LBQ657は,主として内因性ナトリウム利尿ペプチドの分解を阻害し,ACEやアミノペプチダー
ゼPは阻害しない.したがって,ブラジキニンの分解が弱く血管浮腫が少ないと期待される.LBQ657の半減期は12時間であるが,バルサルタンの半減期
は14時間であるため1日2回投与である.

 PARADIGM-HF試験によりsacubitril/valsartanがACE阻害薬エナラプリルを上回る生命予後改善効果を有することが明らかとなり572),欧米のガイドライ
ンではACE阻害薬,β遮断薬,MRAによる標準治療でなお症状を有するHFrEF患者においてACE阻害薬からARNIへの変更やACE阻害薬やARBと同等
に投与することが,クラスI,エビデンスレベルBの治療としてすでに明記されている14, 573)

 有害事象として,sacubitril/valsartanのほうが症候性低血圧や重症ではない血管浮腫の発生率が高かったが,腎障害や高カリウム血症,咳の発生率は
エナラプリルよりも低く,有害事象により治療を中止した割合も少なかった.ACE阻害薬とネプリライシン阻害の併用による血管浮腫のリスクを減少させるた
め,実際の使用にあたっては,sacubitril/valsartan開始36時間前にACE阻害薬を中止するよう勧告されている.また,ACE阻害薬またはARBと
sacubitril/valsartanの併用は禁忌である.さらに,ネプリライシン阻害は,アルツハイマー病の発症に関与することが指摘されている脳アミロイドβの蓄積を
引き起こす可能性がある915).LBQ657 は脳血管関門を通過し,脳背髄液中のアミロイドβ を増加させることが報告されているが,脳内での増加はみとめら
れていない.脳内アミロイドβの除去には多数の酵素経路が関与するため,ネプリライシンの長期的阻害が実際に脳内蓄積をもたらすのか明らかではない.
現時点では認知症やそれに関連した有害事象の増加は認められていないが,認知機能の継続的な評価が必要である.

 現在,わが国においては承認申請のための治験(PARALLEL-HF)が実施されている916).また,LVEFが保たれた心不全(HFpEF)を対象にした
PARAMOUNT試験で12週後のNT-proBNPの低下がバルサルタンより大きいことが報告され579),現在,予後改善効果を検討する大規模臨床試験
(PARAGON-HF試験)がわが国も含めて進行中である.今後,これらのARNIの大規模臨床試験の結果に基づくエビデンスが注目される.
2.sacubitril/valsartan(ARNI)
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)
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