心タンポナーデとは心膜液貯留により心嚢内圧が上昇し,拡張期の静脈還流が障害されて心室充満に支障をきたす病態である.心拍出量低下と静脈
うっ血が生じ,急性経過でしばしばショックに陥る.心嚢内には通常50 mL未満の心膜液が存在する.比較的少量の出血(100 mL程度)でも急激に貯留
すると心タンポナーデを発症する.低圧である右心系は,初期から心膜液貯留による圧迫の影響を受けやすく,右室充満圧異常がもっとも早期に現れる.
特徴的徴候としてベックの3徴(Beck’s triad;頚静脈怒張,低血圧,心音減弱),奇脈,クスマウル徴候(Kussmaul sign)がある.臨床症状のみから診
断を下すことは困難な例があり,疑われる場合は心膜液貯溜の確認に心エコー検査を行う768, 769).心膜液の貯留,右室と右房の虚脱が拡張早期に
認められる.右室の拡張期虚脱所見は治療のタイミングを決定するうえで重要である754, 756).また,静脈圧上昇を反映した下大静脈の拡大と呼吸性変
動の消失,心室中隔の異常運動,ドプラ所見ではクスマウル徴候を反映して左右心室流入血流速度の呼吸性変動が顕著となり,吸気時に拡張早期右
室流入速度が増大し,左室流入速度は15%相当減少する770).
急性ないし亜急性に発症し,迅速な対応が要求される心タンポナーデの原因は,外傷,解離性大動脈瘤,急性心筋梗塞(ドレスラー症候群
[Dressler’s syndrome]を含む),心臓手術後の出血,診断治療手技の合併症(冠動脈穿孔や心筋の穿孔)などがある.
緊急時にはベッドサイドにて心エコーガイド下に穿刺,ドレナージを行う.緊急時の強心薬投与は無効であり,出血性心タンポナーデで循環血液量が減
少している状態であれば,ドレナージは一時的な血行動態の維持に有用である.人工呼吸は胸腔内圧が陽圧となり,心室充満が困難となることから急
激な血圧低下を引き起こすことがある771).心膜穿刺は,通常,半座位にて施行する.ただし,半座位が困難な場合,以下の条件が確認できれば臥位で
行うことも可能である.心窩部剣状突起下からのアプローチで,心エコーにて他臓器を損傷することなく,心膜液が確認でき(10mm以上が望ましい),
心周期での変動が少ない部位を探す.穿刺部位,深さ,方向を確認し,試験穿刺を行う.持続的に吸引する場合にはカテーテルを留置する.手技中およ
び吸引中は心室不整脈の出現に注意する.心膜穿刺は冠動脈,心臓,肺,肝臓などの損傷を起こすことがあるので,注意を要する.心膜穿刺が不成功
の患者や出血性心タンポナーデで再度心膜液貯留がみられる患者では,外科的に剣状突起下から,または開胸による心膜切開術を行う.大動脈解離,
心筋梗塞後心破裂,外傷,心臓手術直後の心タンポナーデは緊急手術の適応である.
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)