急性弁膜症はいずれの心臓弁でも発症しうる.ただし,左心系心臓弁膜症の発症率が高く,また緊急的な処置を必要とする.

a. 急性大動脈弁逆流症772)
 急性発症の大動脈弁逆流症(aortic valve regurgitation;AR)は,迅速な外科的処置を行わないと心原性ショックのおそれの強い緊急度の高い病態で
ある.原因として大動脈解離や感染性心内膜炎,外傷,医原性による大動脈弁の障害がある.急性ARは,その原因疾患からみても内科的に心不全の
コントロールが困難な状況下で発症しており,外科治療の適応について早急に検討する.とくに,高血圧を有する患者の大動脈解離,大動脈弁狭窄を有
する患者の感染性心内膜炎や大動脈弁バルーン拡張術後の急性ARでは,急激にショック状態となる773).また,左室拡張末期圧が上昇することで,
左室壁が圧迫され冠動脈血流の低下をきたし,また逆流血液による容量負荷により,左室の急激な拡大と壁の伸展による菲薄化は心拍出量を低下さ
せ,頻脈による心筋酸素需要の上昇とあいまって,著明な心筋虚血を惹起する.心エコー法は確定診断と重症度評価に必須であり,原因検索および肺
高血圧の程度を推測できる.大動脈基部の解離による急性ARはとくに緊急外科的介入が必要であり,疑わしい患者では経食道心エコーが必要となる
773, 774).血管拡張薬や強心薬は駆出血流を増加させ,左室拡張末期圧を減少させる.外科手術の準備が整うまでの間の血行動態維持に役立つ.
IABPは禁忌である.感染性心内膜炎による急性ARで,低血圧や肺うっ血,それに低拍出量状態に陥っている患者では,外科的治療のタイミングを遅ら
せないように留意する.

b. 急性僧帽弁閉鎖不全症772)
 急性発症の僧帽弁閉鎖不全症(僧帽弁逆流症,mitral valve regurgitation; MR)では,急速な左室および左房への容量負荷が発生し,肺水腫や心原
性ショックを呈する.血管拡張薬,カテコラミン薬の投与によって血行動態の改善が得られない患者では緊急手術の適応となる.IABPは手術を前提とし
た循環動態の維持に用いられる.原因は感染性心内膜炎,急性心筋梗塞,その他に特発性の腱索断裂や乳頭筋断裂による.心エコー検査は診断およ
び重症度評価に有用である.カラードプラは逆流血流の方向により過小評価される可能性がある.経胸壁エコーにて左室が過収縮状態にあるにもかか
わらず,急性心不全に陥っている患者は急性MRの可能性がある.経食道エコーはカラードプラをより正確に描出する.僧帽弁形態や重症度評価により
威力を発揮し,また外科的修復術に必要な僧帽弁の解剖学的データを得ることもできる.

 急性発症の重症MR,とくに器質的・構造的MRに対する内科治療に反応しない患者では,すみやかに外科的治療に移行する.IABPは手術の準備が
整うまでの間,患者の血行動態を安定させる.急性虚血ないし急性心筋梗塞に伴う機能性MRでは,血行再建によってはじめて逆流改善が期待できる.
SHOCK研究では,急性冠動脈閉塞に伴う急性MRの重症度は短期予後および長期予後と負の相関を示し,早急な血行再建によるMR改善が重要とさ
れた775).心筋症による急性MRは適切な心不全治療により改善する可能性がある.
5.4.2 急性弁膜症
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急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)