改訂にあたって

 心臓血管疾患における病態解明は急速に進歩している.心臓血管疾患に関わる多くの遺伝子変異や染色体異常が同定され,その成因を遺伝学的検査や染色体検
査等により特定することが可能になってきた.医療機関によっては遺伝学的検査や染色体検査を比較的簡便に実施可能である.その一方で,疾患につながる遺伝情
報の取得にあたり,検査対象者本人の自己決定権,プライバシーの保護等,基本的人権に関与する事項への慎重な対応が強く求められている1)-8)

 心臓血管疾患に関わる遺伝子変化には,大別して,単一遺伝子疾患における遺伝子変異と,多因子疾患における遺伝子多型とがある.遺伝子変異は発症に大き
なインパクトをもたらすのに対して,遺伝子多型は「なりやすさ」とも読み替えることができ,それ単独では発症に及ぼす影響は極めて小さい.遺伝子多型判定が医療
の場で実施される場合は医療従事者がこのことを正確に認識し,患者にも正確な知識が与えられるように努めなくてはならない.さらに昨今の遺伝子解析研究の進歩
に伴い,この「遺伝子変異」,「遺伝子多型」という区別も所詮便宜的なものであり,遺伝要因を論じる際のキーワードは「多様性」に他ならないことがわかってきた.す
なわち遺伝子変異,遺伝子多型を問わず,遺伝子変化を人間が元来有する多様性として理解し,その多様性と個々人が有する独自性を尊重することが必要と考えら
れる.

 2003年,遺伝医学関連10学会および研究会は,我が国の健全な遺伝医療確立を目指し,各学会,団体からのガイドラインをさらに充実させ,診療行為として位置づ
けられる遺伝学的検査に関する統一ガイドライン「遺伝学的検査に関するガイドライン」を提案した1).遺伝学的検査を行う際には,事前に“遺伝カウンセリング”を行うこ
とが必須であると明記されている.

 日本医学会は2005年9 月,日本循環器学会を含む日本医学会分科会に「遺伝学的検査の適切な実施について」を通知していたが,2011年2月,「医療における遺
伝学的検査・診断に関するガイドライン」9)を公表した.医師等が医療の場において遺伝学的検査・診断を実施する際に留意すべき基本事項と原則がまとめられてい
る.また,その趣旨に則して各医学会分科会が疾患(群),領域,診療科ごとのガイドラインやマニュアル等を作成することを推奨している.

 この日本循環器学会ガイドラインは,心臓血管疾患患者を診療対象とする医療従事者を対象に,遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する基本事項をまとめたも
のであり,医師が遺伝学的検査実施を決定する際の指針となることを目指し,作成された.さらに今回の部分改訂では,日本医学会「医療における遺伝学的検査・診
断に関するガイドライン」9)の趣旨に則するよう記述の改訂を行った.遺伝学的検査を行うにあたっては,検査対象の疾患や病態にかかわらず,事前にこの日本循環器
学会ガイドラインの総論を把握し,これを遵守することを強く要望する.また,各論では,このガイドラインを利用する臨床医が各々の疾患・病態の理解を容易にするため
に,遺伝学的検査が必ずしも日常診療にまで至っていないものについても,その遺伝学的観点から臨床像を多少詳細に述べた.

 なお,この日本循環器学会ガイドラインにおいては,次の用語を以下の通り定義する.
・遺伝カウンセリング:患者・家族のニーズに対応する遺伝学的検査の結果,臨床所見,家族歴等の遺伝情報およびすべての関連情報を提供し,患者・家族がその
 ニーズ・価値・予想等を理解した上で意思決定ができるように援助する医療行為であり,相互間での対話過程を指している.
・ プライバシーと守秘義務:プライバシーとは,個人同士の関係において生じる概念であり,守秘義務とは,人と(医療)機関との関係において生じる概念とする.
 プライバシーは通常個人によってコントロールされる.守秘義務は個人のプライバシーを手中にしている人たち(他人,医療専門職等)が個人情報を管理する際に課
 される義務である.
・未成年者,小児,新生児,胎児:原則的に,未成年者は20歳未満,小児は16歳未満,新生児は生後28日以下,胎児は母胎内の胚を含む個体と定義する.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
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