3 心臓血管疾患における遺伝カウンセリング
Ⅰ 総論 > 5 遺伝カウンセリング > 3 心臓血管疾患における遺伝カウンセリング
①心臓血管疾患と遺伝カウンセリング担当者

 心臓血管疾患の遺伝カウンセリングは,遺伝学・心臓病学・疫学の十分な知識と経験をもち,カウンセリング一般の基礎的技術を身につけた,習熟したカウンセリン
グ担当者によって行われることが望ましい.カウンセリング担当者は必ずしも医師である必要はないが,当該心臓血管疾患の診療に習熟した専門医との十分な連携
が不可欠である.

②遺伝学的情報の重要性

 遺伝カウンセリングは,当該疾患に関する最新の遺伝学的情報を被検者の家系に即して過不足なく正確に伝え,これらに対するクライエントの適切な理解を促進す
ることからはじめなければならない.遺伝のしくみをはじめとして,適切な遺伝学的情報を十分かつ理解可能な形で提供すること自体が,クライエントの心理的支援に
なることを認識しなくてはならない.

③遺伝に対する認識

 我が国では,「遺伝」という言葉を「特別な遺伝病」と誤って結びつけてしまう傾向が強いため,遺伝カウンセリングに際しては,ほとんどのクライエントに知識の偏りや
認識のゆがみが存在することを十分に認識しておかなければならない.遺伝に関するクライエントの知識やイメージを確認し,必要な是正を行うとともに,遺伝のしくみ
一般に関する内容と,被検者の当該疾患特有の病態およびその遺伝情報とが混同されないよう,配慮が必要である.

④心臓血管疾患に対する認識

 遺伝カウンセリングに際しては,家族性心臓血管疾患そのものを否定的に捉える傾向が強い,という現実を十分に認識しなければならない.特にクライエントは過去
において,家系内の罹患者に接している場合が少なくなく,その体験のみに基づく知識の偏りや知識のゆがみが存在することが十分に考えられる.予防・治療方法や
ケアのあり方が改善されている状況等,当該心臓血管疾患に関する最新の医療情報について,十分にかつ理解可能な形で提供すること自体が,クライエントの心理
的支援になることを認識しなくてはならない.

⑤心臓血管疾患の遺伝学的検査の意味

 心臓血管疾患の遺伝学的検査および診断は,様々な理由で,被検者の理解を得にくい側面を有している.検査を受けるか否かの意思決定に大きな影響を及ぼすに
もかかわらず,誤解されやすいと思われる点を以下に示した.これらについて,クライエントが十分理解しているかどうかを慎重に確認しつつ,遺伝カウンセリングを進め
る必要がある.
(1 )遺伝学的検査の適用となる心臓血管疾患をもつ家系は決して多くない.現段階においては,同一家系内において特定の心臓血管疾患の明らかな集積を認める
   場合でも,その心臓血管疾患の原因遺伝子が特定されているとは限らず,また,原因遺伝子が同定されていても遺伝学的検査による診断が実施できるとは限ら
   ない.しかし今後は,こうした検査の適用となる心臓血管疾患の範囲は広がると予想される.
(2 )発症していない健康な個人に遺伝学的検査を行うにあたっては,まず,同一家系内で心臓血管疾患を発症している血縁者から検査を行い,遺伝子変異を確認す
   ることが必要である.発症していない健康な個人の遺伝学的検査の結果だけを得ても解釈は困難である.
(3 )心臓血管疾患の遺伝学的検査は,いわゆる心臓血管疾患の検診とは違うものであり,それだけで心臓血管疾患に罹っているかどうかを判断できるものではな
   い.
(4 )遺伝子変異陽性の結果は,特定の心臓血管疾患を発症する可能性が高いということを意味するものであり,必ずしもすぐに発症するわけではなく,また,将来必
   ず発症するということでもない.家族性心臓血管疾患の多くは浸透率が高いが,100%近くになることは少ない.それが直接,心臓血管疾患の発症時期やその症
   候,治療や予防の可能性,経過および予後等を示すものではない.たとえ心臓血管疾患が発症しない場合でも,検査結果が間違っていたことを意味しているわけ
   ではない.
(5 )遺伝子変異陰性であっても,将来心臓血管疾患を発症することはないとも,あるいは通常より心臓血管疾患を発症する可能性が低いとも,同一家系内にいわゆる
   心臓血管疾患の遺伝体質が全くないともいえず,少なくとも一般集団と同程度に心臓血管疾患の発症リスクを有している.
(6 )遺伝学的検査の結果は,検査を受けた人の子どもにとっても同時に重要な意味をもつ.優性遺伝の場合,子どもに受け継がれる確率は理論的には50%である.
   また,発端者がde novo変異個体である可能性も考えられるが,この場合でも子どもに受け継がれる確率は優性遺伝の場合,50%と考えてよい.
(7 )遺伝学的検査を受けなくても,従来の方法でリスクを評価することが可能な場合があり,それを選択することもできる.
(8 )同一家系内の複数名が遺伝学的検査を行い,それぞれが異なる結果を得ることにより,人間関係の軋轢や心理的葛藤が生じる可能性がある等,検査結果の如
   何にかかわらず家族内にもたらされる心理的影響は少なくない.
(9 )遺伝子変異が陽性で,その情報を遺伝カウンセリング担当者が他の家族構成員にも伝える必要がある場合,まずクライエント本人のみに伝え,クライエントから他
   の家族構成員に遺伝カウンセリングをすすめてもらうようにすべきである.また,被検者と必ずしも良好な人間関係が維持されていないと思われる他の家族構成
   員に関しては,伝える時期,順番等をクライエントの希望に沿って決めカウンセリングを行う必要がある.
(1 0)同一家系内で遺伝学的検査を受けるのがたとえ1名のみであっても,その結果はもはやその個人だけの問題ではなくなる.ある特定の個人の希望によって遺伝
   学的検査が行われる場合,他の家族構成員への遺伝情報開示は,原則として本人の希望に沿って行われるが,家族構成員の「知らないでいる権利」も考慮され
   なくてはならない.
心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関する
ガイドライン(2011年改訂版)

Guidelines for Genetic Test and Genetic Councelling in Cardiovascular Disease(JCS 2011)
 
目次へ