血行動態の異常による心不全
高血圧
弁膜症,心臓の構造異常
・先天性
先天性弁膜症,心房中隔欠損,心室中隔欠損,その他の先天
性心疾患
・後天性
大動脈弁・僧帽弁疾患など
心外膜などの異常
収縮性心外膜炎,心タンポナーデ
心内膜の異常
好酸球性心内膜疾患,心内膜弾性線維症
高心拍出心不全
重症貧血,甲状腺機能亢進症,パジェット病,動静脈シャント,
妊娠,脚気心
体液量増加
腎不全,輸液量過多
不整脈による心不全
・頻脈性
心房細動,心房頻拍,心室頻拍など
・徐脈性
洞不全症候群,房室ブロックなど
心筋の異常による心不全
虚血性心疾患
虚血性心筋症,スタニング,ハイバネーション,微小循環障害
心筋症(遺伝子異常を含む)
肥大型心筋症,拡張型心筋症,拘束型心筋症,不整脈原性右室心
筋症,緻密化障害,たこつぼ心筋症
心毒性物質など
・習慣性物質
アルコール,コカイン,アンフェタミン,アナボリックステ
ロイド
・重金属
銅,鉄,鉛,コバルト,水銀
・薬剤
抗癌剤(アントラサイクリンなど),免疫抑制薬,抗うつ薬,
抗不整脈薬,NSAIDs,麻酔薬
・放射線障害
感染性
・心筋炎
ウイルス性・細菌性・リケッチア感染など,シャーガス病など
免疫疾患
関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,多発性筋炎,混合性結
合組織病など
妊娠
・周産期心筋症
産褥心筋症を含む
浸潤性疾患
サルコイドーシス,アミロイドーシス,ヘモクロマトーシス,悪
性腫瘍浸潤
内分泌疾患
甲状腺機能亢進症,クッシング病,褐色細胞腫,副腎不全,成長
ホルモン分泌異常など
代謝性疾患
糖尿病
先天性酵素異常
ファブリー病,ポンペ病,ハーラー症候群,ハンター症候群
筋疾患
筋ジストロフィ,ラミノパチー
2.疫学・原因・予後
 日本における死因別死亡総数の順位では,心疾患による死亡は悪性新生物(癌)に次ぎ2番めに多い.そのなかでも,心不全による死亡は心疾患
の内訳のなかでもっとも死亡数が多い疾患である27).一方,循環器疾患診療実態調査報告書(JROAD 2015)28) によると,2015年度の循環器専門
施設・研修関連施設における心不全による入院患者数は23万8,840人で,年に1万人以上の割合で増加している.内訳では,急性心不全と慢性心
不全の割合は約半々であった.日本全体における心不全患者の総数に関する正確な統計はないが,推計では2005年において約100万人,
2020年には120万人に達するとされている29).米国では2005年の心不全患者数は約500万人と推計されているので30, 31),人口比を勘案しても日
本における心不全の罹患率は米国に比較して多少低い可能性があるが,今後,わが国でも高齢化にともない心不全患者数が増加していくことは
間違いない.

 わが国の心不全に関する大規模登録研究には,JCARECARD(登録期間2004~2005年)32),CHART-1(登録期間2000~2004年)33)
CHART-2研究(登録期間2006~2010年)34,35) がある.登録患者の平均年齢はJCARE-CARDが71歳,CHART-1が69歳,CHART-2のステージ
C/D 症例で69歳と,いずれの調査でも登録患者の多くが高齢であった.

 HFpEFについては,欧米の観察研究において,LVEFが50%以上に保持された心不全の全心不全患者に占める割合が半数近くにのぼると報告さ
れている18).日本においても,LVEF が50 %以上の心不全患者の割合は,CHART-1研究では50.6%,追って行われたCHART-2研究では68.7%
と上昇している34).HFpEFの予後については,JCARE-CARDではHFrEFとの間に全死亡あるいは心不全増悪による再入院率に大きな差はなかっ
36).欧米からも同様のデータが多く報告されてきたが36),最近のメタ解析37)では,HFpEFの予後はHFrEFに比して多少良好であることが示された
ほか,日本のCHART-2研究でも同様の解析結果が報告された38).しかしながら前者のメタ解析37)でも,高齢になるとHFpEFとHFrEFの予後の差は
縮小するというデータが示されている.いずれにしろ日本においても高い割合でHFpEFの患者が存在し,予後はHFrEFと同等またはそれに準ずるく
らい悪いこと,そして今後は超高齢社会においてHFpEFが増加していくことが考えられるので,注意が必要である.

 心不全の原因疾患は多岐にわたる(表9).心筋梗塞や心筋症のように心筋組織が直接的に障害を受けて心不全を発症する場合,弁膜症や高血
圧などにより心筋組織に長期的に負荷が加わり機能障害から心不全を発症する場合,頻脈性ないし徐脈性不整脈により血行動態の悪化を招く場合
などがある.また,全身性の内分泌・代謝疾患,炎症性疾患などの一表現型としての心不全,栄養障害や薬剤,化学物質といった外的因子による
心筋障害から発症する心不全など,心不全の根本原因が心臓以外に存在する場合もあるので注意が必要である.日本におけるデータでは,
入院した心不全患者の原因疾患として多いものは順に,1)虚血性心疾患,2)高血圧,3)弁膜症,であった32- 34).なかでも虚血性心疾患の率が近
年上昇していることは登録研究でも示されており,外来での登録症例を主体としたCHART-1研究33)ではその頻度は23%であったが,
CHART-2研究では47%に増加していることが報告されている.ただし,HFpEFについては,原因疾患として高血圧が多いと考えられており
(JCARE-CARD研究36)では44%で第1位,CHART-2研究では虚血性心疾患に次いで第2位),原因疾患としての高血圧の占める割合がHFrEFにく
らべて高いことが示されている38)

 予後については,JROAD 2015における心不全患者の院内死亡率は約8%と報告されている28).また心不全患者の1年死亡率(全死亡)は
JCARE-CARD,CHART-1ともに7.3%,JCARE-CARDにおける心不全増悪による再入院率は,退院後6ヵ月以内で27%,1年後では35%であり,
心不全は再入院率が高いことがわかる.ただし,心不全患者の3年以内の心不全増悪による再入院率は,CHART-1研究の30%からCHART-2研究
の17%へと改善,総死亡率はCHART-1研究の24%からCHART-2研究の15%へ改善を認めたというデータがあり,わが国の心不全の予後は改善
してきている可能性がある35).急性心不全のわが国の実態について,JROAD報告では,2013年(1,612施設)の急性心不全の入院患者数は,
8万5,512人であったが,2016年(1,573施設)には10万7,049人と明らかな増加を認め,同年の急性心筋梗塞患者数の7万1,803人に比しても明らか
に多かった28)

 わが国における代表的な急性心不全に関する疫学調査には,施行された年代順に,HIJC-HF研究39),JCARECARD研究32),ATTENDレジスト
リー40)がある.いずれも登録患者の平均年齢は70歳以上と高齢で,高血圧,糖尿病,脂質異常症,心房細動の合併が多かった.また急性心不全
の原因としては,虚血性心疾患がいずれの調査でも30%を超え,最多であった.世界各国の疫学研究と比較しても,わが国の急性心不全患者の年
齢,性別,高血圧,糖尿病,脂質異常症などの合併率は大きくは変わらない41, 42).ただし,基礎心疾患である虚血性心疾患の頻度は日本では
欧米と比較して低く,高血圧性心疾患の割合が高いことは,特記すべきである.

 心不全診療においては性差を考慮することも大切である.米国のフラミンガム心臓研究では,女性は心不全の発症時の年齢が高い一方で,
男性に比較して予後が良好であるが43),生涯における心不全発症リスクは男女ともに5人に1人と同等に高率であること44)が報告されている.
欧州のロッテルダム研究では,女性は男性と比較して心不全の発症頻度は低いものの,55歳以降の心不全発症リスクは男性33%,女性29%とほ
ぼ同等であり45),70歳以上では男性に比較して女性の心不全発症率が高いこと45)が示されている.わが国における急性心不全発症後の全死亡率
は,ATTEND研究では観察期間中央値524日間で女性20.1%,男性18.4%であった46).わが国のCHART-2研究に登録された慢性心不全症例で
は,男性にくらべて女性ではLVEFが保持されており,虚血性心疾患の既往頻度が低い一方で弁膜症の頻度が高く,NYHA心機能分類は重症
でBNP値が高いことが報告されている47).予後に関しては,CHART-2研究では粗死亡率は女性で52.4/1,000人・年,男性で47.3/1,000人・
年とほぼ同等であったが,患者背景で補正すると男性にくらべて女性の予後は良好であり(調整ハザード比0.79),これまでの欧米の報告と一致す
る結果であった47).しかしながら,心不全症例の死因に関しては男性に比較して女性では心不全死亡が多い一方で癌死亡は少なく,性差が指摘さ
れている47).超高齢社会を迎えたわが国では,今後高齢者を中心とした女性の心不全の増加が想定されるが,心不全診療における性差のエビデン
スはまだ限られているのが現状である.過去には心不全症例におけるβ 遮断薬48)やアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme;
ACE)阻害薬49)の効果に性差の存在を示唆する報告もあり,心不全における性差に関して今後さらなるエビデンスの蓄積が必要である.
表9 心不全の原因疾患
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Treatment of Acute and Chronic Heart Failure
(JCS 2017/JHFS 2017)
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